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ベトナム戦争・インドシナ戦争書籍
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NEW 2022年08月〜2022年12月入荷分 NEW
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カバー写真
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商品番号 |
タイトル、著者、発行者(年)、内容など |
税込価格(円) |
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D1753 |
The 388th Tactical
Fighter Wing: At Korat Royal Thai Air Force Base 1972, Don Logan, A
Achiffer Military History Book, 2004;
「第388戦術戦闘航空団:1972年コラートのタイ王国空軍基地で」。 タイのコラートRTAFBに拠点を置く複合翼で、戦闘機、ワイルドウィーゼル航空機、空中妨害航空機、AWACS航空機で構成されている。
著者は1972年に東南アジアで133の戦闘任務を遂行し、第388戦術戦闘航空団の中の二つのF-4E飛行隊である第469戦闘戦術飛行隊に配属されていた。
本書は飛行団、飛行中隊、そして彼らが飛ばした航空機:F-4、F-105Gワイルドウィーゼル、A
EB-66、EC-121、C-130について詳しく説明している。
また、飛行任務の種類と、北ベトナムでのラインバッカーキャンペーンの飛行隊の作戦についても説明。これには、1972年の第388回のMiGキルと航空機の損失に関するすべての物語が含まれている。そして筆者が撮影した170を超えるカラー/白黒の写真、および戦域地図、公式および非公式のフライトスーツ・パッチも含まれている。分類は、王立タイ空軍基地コラートにおける第388戦術戦闘航空団、コラートの航空機(F-4EファントムIIなど7+種)、航空戦=1972年(ラインバッカー、北爆任務など)、第388戦術戦闘航空団MiGキル=1972年、コラート航空機の損失=172年、パッチ。多数の写真はコラート基地駐機中のものが多いが、ラオス、ベトナム上空を飛行中のものも。
220285o,
128pp, HC,
英語 |
6,380 |
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D1754 |
Avions de Combat en Indochine,
Agence d’Images de la Défense, Ecpad, France 2016 ;
「インドシナにおける戦闘機」。防衛画像庁による編集、発行。1945年以降に海外で任務に就くことになる空軍と海軍航空隊の兵士達は、多くが放置状態にあった連合軍の航空機を呼び出さなければならなかった。
従って1954年のインドシナ紛争の終結まで、空軍であろうと海軍であろうと、第二次世界大戦後のフランスのパイロットは、外国起源の12機の戦闘機を使用していた。スーパーマリンスピット・ファイアMK-IXやデ・ハビランド・モスキートDH-98などの英国の航空機だけでなく、レパブリック・サンダーボルトP47からダグラスSBDドーントレスを経てベル・キングコブラP-63までのアメリカの航空機の大部分も極東のこの地にいた。
その中で、6機の航空機がディエンビエンフーの盆地で塹壕キャンプの激烈な戦いに参加した。
グラマンF8FベアキャットとF6Fヘルキャット、カーチス・ヘルダイバーSB2C、チャンス・ヴォートF4Uコルセアは周囲の自軍に重要な航空支援を提供する戦闘爆撃機として。ダグラスB-26インベーダーと哨戒爆撃機PB4Yプリヴァティアも同様だった。この本は、当時の写真を通して、インドシナ戦争におけるこれらの6つの象徴的な航空機を紹介している。写真はすべて白黒で、合計約80点。
210x210o,84pp,
SC,
フランス語 |
2,970
SOLD OUT |
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D1755 |
Fighter Pilots of North Vietnam: An Account of Their Air Combats 1965 to
1975, Roger Boniface, ,Authors On Line, UK 2005;
「北ベトナムの戦闘機パイロット:1965から1975年までの彼らの航空戦の説明」。
謝辞、ベトナム人からの賛辞(ファム・ゴク・ラン退役少将)、前書き、序章(北ベトナム空軍の簡単な歴史)、以降は1)〜19)の番号が付いた項目:
トンキン湾事件、ローリング・サンダー、精米作戦からの勝利、12月の虐殺、ボロ作戦、イチかバチか、ローリング・サンダーの終了、中断期間1968-972、嵐の前の静けさ、レッドイーグルの時間、筍、形勢が変化、四半期は与えられず、偽りの夜明け、クリスマス爆撃とB-52.の戦争、終わりの始まり、最終的な勝利、3種類。その後、付録全8項目(ベトナム人民空軍の基本構造、ベトナム空中戦の教義、北ベトナムの航空機、北ベトナムのパイロット、アメリカの戦争ドクトリン、交戦のルール、ルートのパッケージと除外ゾーン、ベトナム人民空軍連隊と航空師団。表1.
完全なベトナム人民空軍の損失、表2.
MiGとパイロットのデータ、表3.64年4月3日から73年1月12日までのMiGによる撃墜。最後に参考文献。
155x235o,
260pp, SC,
英語 非常に珍しいタイトルで、探し出すのが困難! |
17,950 |
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D1756 |
La Guerre d’Indochine. Dictionnaire,
Sous la direction de Ivan Cadeau, François Cochet et Rémy Porte, PERRIN,
Ministère des Armées, France 2021 ;
「インドシナ戦争、辞書」。イヴァン・カドー、フランソワ・コシェ及びレミ・ポルト編集でPerrin出版社及び軍事省が出版。
過去に類似タイトルでDictionnaire
de la Guerre d’Indochineg
が2冊(D1050,
D1051)出版されているが、今回発行分はページ数が3倍以上あり分厚い。内外約50人の民間および軍の専門家の調査により、これまでは簡単にしか扱われないことが多かった主題や人物に光を当て見出しは約900項目。戦争に関連する文化的または文学的な解説と共に紛争の軍事的および技術的側面までテーマに非常に多様性がある。国際的な文脈と政治および軍事の指導者、支持者または反対者の簡単な伝記をしめす多くのエントリは、インドシナ半島を揺るがした出来事のより良き理解を可能にする。旧仏領インドシナの国々、そして主にベトナムからの独立のために行動した政治運動や人物への関心のあるエントリに特に注意が払われている。米国、または中国の役割も発展の対象だ。インドシナ戦争の辞書はギャップを埋め、1945年のフランスの関与の開始から、ディエンビエンフーの敗北から2年後のベトナムからの最終的な出発まで、戦争の歴史学に不可欠な貢献をしている。これは、このテーマに取り組んでいる、または単に知識を深めたいと考えているすべての人にとって不可欠な資料と言える。
155x240x39o,
1000pp, SC,
フランス語 |
8,250 |
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D1757 |
Iron Barnacle Operation: 1970
Weapons Cache Detection in Cambodia and Republic of Vietnam, Andrew
R. Ochadlick, Jr., Andrew R. Ochadlick, Jr., USA 2022;
「鉄のフジツボ作戦:
1970年のカンボジアとベトナム共和国での武器隠し場所の看破」。鉄のフジツボ作戦は非常に有名な作戦とは言い難い。1970年、筆者が22歳のときに、ジャングルの中に隠された敵の武器隠し場所を見つけるために、特別な海軍のヘリコプター搭載磁場センサーASQ-81磁力計を担当した。戦争を支援することに専念する物理学者としてのベトナム共和国での筆者の経験が説明されている。
前書き、鉄のフジツボ海軍チームのメンバー、第1航空騎兵師団、内容、図・写真の一覧、それ以降本題部分は全体を次の9章に分類して記載。第1章鉄のフジツボ(5項目)、第2章鉄のフジツボの準備(3項目)、第3章ベトナム共和国へ向かう(4項目)、第4章到着:ベトナム共和国(ベトナム沿岸、サイゴン近郊タンソンニャット空港、アナポリスなど11項目)、第5章新しいホーム:フォクヴィン(4項目)、第6章H-2の飛行:鉄のフジツボ作戦(5項目;ここでは1970年6月3日から同7月16日までの日々の詳細を記載)、第7章写真・手紙・文書と記念品(9項目;80pp以上にわたり風景、基地、兵士、航空写真、車輛など白黒写真約160点、それに約20ppにわたり手紙・文書などの写真)、フォクヴィンの冒険は終わった、第8章アメリカに帰国したら(6項目)、第9章エピローグ(将来の為のスマート・スカウト、ベトナム共和国にいたことは個人的に何かの価値があったか?、フジツボからのキャリア硬貨、など24項目)。参考文献(4点)、付録A(私の背景、成長)、付録(ASQ-81磁力計、磁力計の仕組み)。
215x280o,
334pp, SC,
英語
新品だが発送時梱包による表紙右下隅の折れあり(右欄価格5,280円は折り目のついたもの) |
5,280
(折り目のついていない新品は
取り寄せ5,830円) |
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D1758 |
Sous
l'Insigne du BF/ONU: Coree 1950-1953 - Indochine 1953-1955 - Algerie
1955-1962, Jean-Francois Pelletier, Editions des Argonautes, FRANCE:
「BF
/ ONUのインシグニアの下で:朝鮮1950-1953-
イ
ンドシナ1953-1955
-アルジェリア1955-1962」。BN/ONUはBataillon
français de l'ONU, ONUは
Organisation des Nations Unies。即ち国連のフランス軍大隊。BF/ONUとなると朝鮮と、朝鮮以降に分けられる。本書で出てくる「朝鮮大隊」はインドシナやアルジェリアでも活躍した部隊なので注意。
1953年10月22日、フランス大隊はUSSジェネラルW.
M.ブラックに乗り出し仁川からインドシナ、サイゴンに向かった。そこで朝鮮連隊、のち2個大隊に拡大され、フランス機動大隊100の核を形成。その新しい部隊名であるLe
Regiment de Coréeは、1954年6月と7月に植民地道路19に沿ったマンヤン峠の激しいな戦いに参加し、多くの犠牲者を出した。インドシナに到着してから1954年7月20日に停戦するまでの間に、第1,
第2大隊で440人の死傷者を出し、大隊に割り当てられた34人のインドシナ人が戦死した。
1954年9月1日、朝鮮連隊は解散し、大隊のサイズに縮小された。大隊は1955年7月17日、進行中の反乱の鎮圧に参加するためにサイゴンからアルジェリアに着陸するまでインドシナに留まった。
序文、ユニフォームと装備:
BF/ONU,
朝鮮連隊、朝鮮大隊、第156歩兵連隊=狙撃連隊(フランス、朝鮮=日本、インドシナ、アルジェリア)、フランス・朝鮮・インドシナ及びアルジェリアでつけられたインシグニア(1950-1962)(ベレー・インシグニア、カラー・インシグニア、パッチ、旗とペナント:フランス・朝鮮、など)、旗とペナント:フランス・朝鮮(旗とペナント、中隊のペナント、司令部のペナント、作戦部隊のペナント)、フランス人と外国人の名誉賞(朝鮮、インドシナ、アルジェリア)。アイテムとコレクション、の全5章に分けて多数の白黒/カラー写真と共に紹介。
写真には連番が付与されており最後は556、その後紹介のバッジ23点は番号なしだし、ユニフォームやベレーの一部のみを大写しした分までは個別番号なしだから、実際の写真数は更に多く1000以上。多くのコレクターのアイテムの中には珍しいものも多数掲載!
特にBF/ONUコレクションのアイテム(1950-1962)を特定する場合は必携!:18種類のBF
/ ONU金属バッジ(Arthus-Bertrand、Drago、OFSI、ローカル)+布製のタナカ・モデル[注:東京本所郵便局]
/ 11のベレーのモデル+キャップ+ヘルメット/18第2DIUSパッチ+タイトル/身分証明書:将校、下士官および軍隊/ダイヤモンドアーム・ファブリック:プロトタイプ+カラータブ/第156RI-RCアームダイヤモンド/6タブ・バリアント:ショルダーガード(青)と2(緑)日本で職務についていた米国国連軍の軍人/多くのオリジナルのペナントなど。
210x295o,
192pp, SC,
フランス語 |
13,200 |
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F1759 |
A Soldier’s View of the Vietnam War (The
Story of Victor 4 V Coy 6 RAR/NZ (ANZAC) Battalion, written by
Victor 4 Company, edited by Victor 4 Editorial Committee, The V4 Family
Trust, NEW ZEALAND 2011 (Reprintt USA 2022);
「ベトナム戦争の兵士の印象(ロイヤル・オーストラリア連隊/ニュージーランド軍(ANZAC)第6大隊V中隊ヴィクター4小隊の記録)」でD1593
(HC)のSC版である。チェックしたところ、ページ数ほかHC版と同じであるので以下の説明はHCと同様(最後の書籍のサイズ部分のみ異なる);
兵士が兵士の視点から軍事史を書くことは稀であるが、本書はそうした一冊である。更に詳しくは、1969-70年に6RAA/NZのV中隊のヴィクター4小隊に属していたニュージーランド軍の将兵が故郷より遠く離れたベトナムの地で体験した戦闘などの経験について多数の写真を掲載し語ったものである。編集委員会からの注釈、前書き=Rhys
Jones少将、前書き=Quin
Rodda大尉、その後は第1章から26章まで:戦死者を追悼して[小隊からの戦死者7人=全員がニュウージーランドの将兵でロイヤル・ニュージーランド歩兵連隊6人、同工兵隊1人=の名前、年月日、内容、それに各人の履歴やベトナムでの状況を記載]、ニュージーランドのバーナム軍事キャンプ、マレーシアのテレンダク駐屯地、オーストラリアのタスク・フォースと敵軍、南ベトナムのニュージーランド軍、南ベトナムへの展開、ラヴァラック作戦、動くV4小隊本部、1小隊、2小隊、3小隊、地雷戦、南ベトナム軍との作戦、ベトナムにおけるV4の作戦の要約、ベトナムでの勇敢精神、ヌイダットの基地作戦、兵士達の話、R&R、白い衣服の天使=ニュージーランドのナースたち、364日とひと起き!、家族、我らの仲間にお別れ=タンギハンガ[注:マオリ族の儀式]、6
RAR/NZ(ANZAC)司令官デヴィッド・バトラー中佐の演説、V4レユニオン、枯葉剤、国家とその上級大将が謝罪。以上26章の後に6
RAR/NZ (ANZAC)大隊ヴィクター4小隊の公式名簿、用語。写真は(4〜)6頁にまとめて5〜6ヶ所にある他にページ大のサイズから小さな顔写真までいろいろ掲載されており、その数は合計でカラーと白黒を合わせて332。
210x300o,
335pp, SC,
英語 |
12,320 |
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D1760 |
Survival Kit, Individual, Lightweight, Army, James A. B.
Mahaffey, Fr., Independently published, USA 2022;
「サバイバルキット、個人、軽量、軍隊」。本書はCAのロケットジェットエンジニアリングコーポレーションによって開発された米陸軍「レッグホルスター」サバイバルキットに関する情報を含むコレクター向けのガイドブック。
キットは、ベトナム戦争中に陸軍が1969年に米空軍SRU-21/Pサバイバルベストを採用する前の1967年から1969年まで、航空機乗組員に支給された。
キット全体の写真がたくさんある。
写真には、「ホルスター」、「キャリア」、「補助」サバイバルキットが含まれる。これには、2つの部分からなる「コンテナ」(フライパンとODグリーン・プラスチックコンテナの底で構成)、コンポーネント「パレット」(パッキングベース」)、「キャンティーン」(プラスチック製の水筒)、およびコンポーネント。キットのホルスター、フライパン、およびコンテナの寸法に関する章がある。付録にはロケット:ジェット:エンジニアリング株式会社に付与された米国特許、航空ダイジェストの陸軍飛行士へのキットの紹介、およびTM55-8465-206-13の多くのページが含まれている。
このハードカバー版は、釣りキット、縫製キット、シグナルチョーク、フレアランチャー、フレア、弓のこ刃、ナイフ刃、ラジオペンチ、ワイヤーソーを含む60枚以上の新しいカラー写真で改訂された。RT-10無線機だけでなく、「ナイフ、ハンティング、シース、サバイバル、パイロット」、及び初期のリジッド・フラッシュ・ガードを備えた「ライト、マーカー、ディストレス」。
取扱説明書とサバイバル・インストラクション・ブックレットの完全コピーも含まれる。これらの3つの新しい章には、米陸軍が発行したサバイバルキットに関するより多くの情報が含まれている。
本書はサバイバル・キット・コレクターを対象としていおり、サバイバル・キットの設計者や、新しいパーソナル・サバイバル・キット(PSK)の設計を任された人も、本書中の情報から恩恵を受けることができるだろう。内容は全10章と付録(Annex1〜4)に分かれている。
185x260o,
220pp, HC,
英語
*右価格欄の価格が誤っていたので訂正(リンクページは問題なし) 2022年05月17日
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7,810 |
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D1761 |
Tanks in the Easter Offensive
1972: The Vietnam War's Great
Conventional Clash, William E. Hiestand, Illustrated by Irene Cano
Rodriguez, Osprey Publishing, UK/IRELAND/USA 2022;
「1972年のイースター攻勢における戦車:
ベトナム戦争の従来型の大衝突」。オスプレイのNew
Vanguardシリーズの一冊。この研究は、最も近代的なソビエトの戦車と兵器を装備した北ベトナム軍と、最新の米国の戦車と兵器を装備した南ベトナム軍が、イースター攻勢の決定的な装甲戦闘をどのように戦ったかを説明している。
本書では、戦場やその他の一次資料からの事後報告を使用して、結果を形作った技術的および組織的要因を分析し、このあまり知られていない作戦で衝突した戦車、機甲部隊、および武器を詳細に調べた。
1972年10月の南ベトナム軍の防衛の成功にもかかわらず、北ベトナムは米国支援が衰退する間、次の2年間でその装甲部隊を大幅に拡大した...。
戦車・教義そして組織、技術的要因、攻撃、戦闘分析、技術的教訓、その後に余波:1973-75年ベトナム、参考文献。戦車のカラーイラストが計8ppに。
185x250o,
48pp, SC,
英語
*2022年09月08日 価格変更 |
2,860
3,740
SOLD OUT |
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D1762 |
US Marine Corps In Vietnam;
Vehicles, Weapons, and Equipment,
David Doyle, Schiffer Military, USA 2021;
「ベトナムにおける米海兵隊:車輛、武器及び装備」。Legends
of Warfare Unitsの一冊。1965年3月に南ベトナムのダナンに上陸して以降、海兵隊は1975年5月まで継続的に戦った。
200枚以上のアーカイブ写真があり、その多くはこれまでに公開されたことはないものだ。戦域にいる海兵隊の武器、車両、装備がこの巻に記録されている。
小型武器、迫撃砲、大砲、戦車、水陸両用車、装甲車、軽装甲車、ヘリコプター、制服、個人用および特殊装備は、フエやケサンなどの伝説的な戦いの写真を含み、高品質の写真と詳細なキャプションで紹介されている。内容分類は:
前書き、序章、第1章海兵隊上陸:1965年、第2章1966-1967年、第3章1968年、第4章1969-1972年、第5章1975年。即ち時系列で丁寧なキャプションが付いた写真が紹介されている。一部にカラーもあるが、ほとんどが白黒。
235x235o,
128pp, HC,
英語 |
4,180
SOLD OUT |
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D1763 |
Vietnam ANZACS:
Australians and New Zealanders in the Vietnam War 1967-1971,
Tony Howell, John Douglas Publishing Limited, NEW ZEALAND 2021;
「ベトナムANZACS:
1967〜1971年のベトナム戦争でのオーストラリア人とニュージーランド人」。
民族解放戦線は1946年から存在し、政治イデオロギー、拷問、殺人、暗殺、拉致の組み合わせを通じ農民の忠誠心を支配してきた。
総蜂起をもたらすことを目的としての1968年テト攻勢だが、総蜂起は起こらず、ハノイの軍事目標は達成されなかった。しかし、西側は政治面でのハノイの攻撃の強さに驚いた...。
フォクトゥイ省内および省北部の省境に沿って、D445ベトコン大隊[注:解放戦線側の地方軍大隊で、第445大隊、D445省機動大隊、又はバリア大隊とも]、第274および275
ベトコン主力連隊、および北ベトナム第33連隊がいた。これらベトコンと北ベトナム軍の部隊はよく武装、統制され、戦意が高かった。このエリート部隊と対峙したのは、第1オーストラリア・タスクフォース(1ATF)で、5つのANZAC大隊が1968年から1971年まで1ATFを経験したが、5つの大隊の中に9のニュージーランドのライフル小隊があった。各ANZAC大隊は、TAOR
(Tactical Area of
Responsibility:
責任戦術地域))内の敵を探し排除する役割を果たした。彼らは屈強なベトコンと北ベトナム軍の主力連隊と対峙し、町、村、ゴム農園、ジャングル、そしてM16地雷減であるベトコン聖域と秘密地域で彼らと戦うことで、幾度となくANZACの勇気が証明された。
本書では、序文、謝意、前書き、地図:フォクトゥイ省、用語集、私はANZAC兵、その後全体を次の12章に分けて紹介;戦争の政治学、敵、第1オーストラリア・タスク・フォース、場所、2RAR/NZ(ANZAC)大隊:1967年5月〜1968年6月(ヴィクター1中隊、ヴィクター2中隊、ウイスキー1中隊)、4RAR/NZ(ANZAC)大隊:68年6月〜69年5月(ヴィクター3中隊、ウイスキー2中隊)、6RAR/NZ(ANZAC)大隊:69年5月〜70年5月(ヴィクター4中隊、ウイスキー3中隊)、2RAR/NX(ANZAC)大隊:70年5月〜71年5月(ヴィクター5中隊)、4RAR/NZ(ANZAC)大隊:71年5月〜71年12月(ヴィクター6中隊))、その他の武器と任務、幾つかの難しい教訓、戦争の悲劇(ピンク・シトロエンの伝説)、そしてエピローグ。付録3点には任務についたニュージーランド人の一覧、死傷者の一覧も含む。写真(計231点)一覧、地図(19点)一覧。索引3種類は人、地名、部隊と編隊。ベトナムのANZAC大隊、とりわけそのニュージーランドのライフル中隊に特化した書!
235x265o,
431pp, HC(DJ),
英語 |
21,340 |
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D1764 |
Vietnam War Vehicles: The
Importance of Armored Vehicles of the Vietnam War,
Independently Published, USA 2022;
「ベトナム戦争の車輛:ベトナム戦争の装甲車輛の重要性」。
ベトナム戦争の初期、国防総省当局者は、ベトナムでは装甲車輛の出番はないと信じていたが、それは間違ってた。
戦車、装甲兵員輸送車、自走砲、および装甲ガントラックは、前方火力支援基地、ランディングゾーン、橋、および護送車隊を護る上で重要な役割を果たした。
さらに、戦車、装甲歩兵、装甲騎兵は、捜索、破壊、偵察任務に非常に効果的であり、戦闘強襲作戦では侮れない力だった。
本書では150枚の白黒写真に加えて、公式の事後報告と、アメリカの装甲戦闘車輛と北ベトナム軍およびベトコンとの戦闘を詳述した同時期の記述がある。
ラオス国境近くのベンヘット特殊部隊キャンプを攻撃したソビエト製T-76戦車の写真があるが、これはベトナム戦争でアメリカと北ベトナムの戦車が戦った唯一の戦車だった。巻末には筆者が属していた第4歩兵師団第8機械化歩兵連隊第2大隊の1969年の戦死者一覧。文字はほとんどが写真のキャプションで、写真はページ1点としているためスペースに余裕ができるので大きな文字になっている。
155x230o,
146pp, SC,
英語 |
2,860 |
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D1765 |
Apocalypse Now: The Lost Photo Archive,
Chas Gerretsen, Prestol, USA
2021; 「アポカリプス・ナウ:失われた写真アーカイブ」。1976年にフランシス・フォード:コッポラが彼の傑作「Apocalypse
Now [邦題:地獄の黙示録]」のスチール・フォトグラファー[注:映画を中心とした映像製作において、宣伝用の静止画写真を撮影する写真家]として雇ったChas
Gerretsenの何百枚もの写真のプライベート・アーカイブは、これまでに作られた最も重要な映画の1つを取り巻く混乱とドラマに読者をすぐに駆り立てる。
Gerretsenは、戦争映画の戦闘写真家を探していたコッポラから電話を受けたとき、ベトナムで働いていたフリーランス写真家だった。映画のスター達、エクストラ、クルー、そして伝説的な舞台裏のドラマへの前例のないアクセスを与えられ、彼はフィリピンで6か月間過ごし、何千もの画像を撮影した。
そのアーカイブから抜粋したこれらのフルカラー写真は、フィリピンの熱帯雨林の予測不可能な気候からのハリウッドの光景の高まる混乱と興奮を親密に垣間見ることができる。出演者のスターパワーと広大なセットを捉え、彼は私たちを東南アジアのジャングルの美しさに連れて行き、その住民がどのように撮影に組み込まれたかを示している。Apocalypse
Nowは今でも最も高く評価されている映画の1つだが、映画の製作も同様に伝説的である。ほぼ50年後、Gerretsenの写真は、コッポラの芸術的業績とアメリカの文化史における極めて重要な時代を思い起こさせる。
最初から最後まで文字はごく僅か、キャプションのつかない写真ばかりで、見開きの両ページいっぱいをつかった迫力あるものも多数。ただ本署での写真の順序は、どのバージョンの映画にも従っていない。本書は映画についてではなく、静止画の記念碑的な作品である。この本にはインデックスが必要で、このインデックス(巻末のとき色の10pp)は映画のタイムラインに大まかに従っている。
245x305o,
ページ数記載なし
(256pp), HC,
英語 |
9,350 |
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D1766 |
Close-Up On War: The Story of Pioneering
Photojournalist Catherine Leroy in Vietnam, Mary Cronk Farrell,
Amulet Books, USA 2022;
「戦争のクローズアップ:ベトナムでの先駆的なフォトジャーナリスト、キャサリン・リロイの物語」。戦争で数少ない女性写真家の一人キャサリン・リロイの物語。正式な写真の訓練は受けたことがなく、パリから数百マイルたりとも離れたこともない彼女だったが、21歳のときにベトナムに旅行し、戦争の姿を記録した。彼女は砲火の下でもクールで、激烈な戦いに引き寄せられ、ジャングルの暑さと泥の中を進み、田んぼを這い回った。米兵と共に戦闘にパラシュートで参加した唯一の公式フォトジャーナリストとなった。リロイは印象的な写真を撮り、アメリカに戦争の現実を見せしめた。負傷した兵士から民間人の犠牲者まで、戦争の現実を両側の人々に示した。破片により重傷を負っても1か月以上彼女をとどめておくことは出来なかった。また68年に北ベトナムに捕らえられた際、捕らえた者を撮影して自由に話をし、それがライフ誌のカバーストーリーとなった。ジャーナリズムで最も権威ある賞の一つジョージ・ポーク賞を受賞した彼女は当時最も有名な写真家の一人だった...。内容は:
男の戦争、ベトナムの地上で、サイゴンで世界が衝突、爆弾の音に生まれた、そこにいるほど楽しいところはどこにもない、彼らは私を受け入れなかった、行動のためのかゆみ、このため彼らはそれをオリーブドラブと呼んでいる、炎の下で自分を証明、あまりきれいではない、喜びの為ジャンプする、...、ヒル811の戦い、フロントページの写真、天使の丘コンティエン、35の榴弾破片、テトの為の爆弾、フエへ戻る、写真「一等軍曹」、全ての中で最大の高さ、の全25章。さらにエピローグ、筆者のメモ、1960年代にカメラはどのように機能したか、用語、タイムライン、注解、参考文献、謝辞、写真クレジット。写真はカラー/白黒が約70点。145x210o,
208pp, HC(DJ),
英語 |
4,400 |
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D1767 |
Henri
Huet (Photo Poche), Actes Sud, FRANCE 2014 ;
「アンリ・ユエ」でphoto
pocheシリーズの1冊。報道写真家アンリ・ユエ
(1927-1971)は20年間にわたり戦争の地ベトナムを旅した。彼が生まれた国の愛は彼の写真に反映されており、すべての人が犠牲者であるという紛争の痛みを伴う証言だ。
彼の写真に含まれている強さ、感情は、この戦争に対するアメリカの見方を変える力を持っていた…。
本書には彼のベトナムでの代表的な白黒写真63点を掲載。ほとんどが右ページに写真を載せ、対面の左ページ下部に連番、撮影場所、時期(年月)、それに簡単なキャプションが付いている。若干の写真は見開きの両ページにまたがったものもあり、その場合は全ページの左下に連番などが記載。
125x190o,
ページ数記載なし
(144pp), SC,
フランス語 USEDほぼ新品同様で特記すべき不具合なし(裏表紙下部に丸い無地青シールが貼ら;れている。 |
4,620 |
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D1768 |
Images from 1968 & 1969: The Vietnam
War, Vincent Moyet, Independently published, USA 2022;
「1968年と1969年の画像:ベトナム戦争」。フォトジャーナリズムはベトナム戦争の特徴の一つだ。民間ジャーナリストの仕事は戦争を米国の居間に伝え、国内の意見に影響を与え、その時代の行動への呼びかけとして役立った。本書は写真の中にいる男性たち、即ちベトナムで軍務に付いた米国の兵士、海兵隊員、それにグリーンベレーにより撮影された写真で構成されている。彼らにとってそれは割り当てられた任務ではなく、自己ドキュメンタリアンで写真のみが家に帰ることを望みながら取り組んでいた。本書中の写真で登場することが多いTony
Moyetとは筆者(Vincent
Moyet:フリーランス作家で独立歴史家を目指している)のお父さんとのこと。そのような写真を見て、筆者が学生時代にそれを本にするアイディアを持った、という。最初の3つの部は、人、場所、物に整理されている。なぜなら、退役軍人に対する私の敬意と感謝は、これらの写真の男性を取り巻く彼らが、現在の私と同じ年齢であり、その対比の中にあるからだ」。任務についた地でもあり、Nui
Ba Denの地名が最初から最後まで頻出する。写真はほとんどがカラーでページに1枚、簡単なキャプション付き。215x285o,
78pp, HC,
英語 |
5,610 |
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D1769 |
Les Partisans Mois Dans la Guerre (Française)
d’Indochine 1940-1954, Paul Vallin, Les éditions Sydney Laurent,
FRANCE 2021 ;
「1940-1954年(フランスの)インドシナ戦争におけるモイ族パルチザン」。
我々が賃金を支払う権利を持っているだけの戦争や、非難しなければならないだけの不当な戦争などない。あるのは、彼らの領土に侵入する抑圧者に対する人々の反乱だけだ!これは、ベトミンの侵略に反対する中部アンナンの高原民族の場合だった。彼らは共産主義独裁により脅かされているベトナム人の自由を守るためにインドシナで戦っているフランス軍と同盟を結んだ。それは平和を築くことができない支配者の政治的卑怯者によって裏切られ、見捨てられた、20歳の子供たちが率いる戦いだった。
回想(骨折の始まり、(1940-1954)インドシナの戦闘、仏領インドシナ)、インドシナの抵抗:
1940年からのインドシナ(タイガー氏、フランスからのニュース、タイガー氏の隠れ家、「野蛮人」の歴史、モイ族の国),
抵抗(銃を突き付けられたフランス人!、パラシュートのメッセージ、最後の薬莢、降伏)、竜の戦争の中で(尋問、虎の帰還、黄色い熱、パズルのピース、宣言、文化的な分裂、芸術、骨折、ハノイ1946年12月19日)、パルチザンの戦争(戦争、小刻みな攻撃、RC4[植民地道路4]の失敗、コマンド、フレ族、行進と戦闘、バ・タモイ:モイ族の父など18項目)、注釈付きインドシナ年表(日本の占領、フランスのインドシナ戦争、米国のベトナム戦争)、参考文献。カラー及び白黒写真、それに地図が合計80以上
150x220o,
372pp, SC,
フランス語 |
4,950 |
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D1770 |
Pucker Factor From the Veterans in
Their Own Words Volume I Issue I (Stories of MACV SOG),
Jason B. Collins, Independently published, USA 2022;
「退役軍人のパッカー・ファクター、自分の言葉でVol.1
Issue
1(MACV
SOGストーリー)」。Pucker
factorとは、危険または危機的状況に対するストレス及び/又はアドレナリン反応のレベルを説明するために使用される軍隊のスラングで、この用語は極度の恐怖により引き起こされる括約筋の引き締めを指す。 20年間の秘密保持契約に署名した後、米国陸軍特殊部隊(グリーンベレー)の最高機密、MACV
SOGの隊員は、家族を含む誰にもその行動について話すことはなかった。彼らが今日「秘密戦争」と呼ばれている当時の行動について議論するようなことは1990年代初頭まではなかった。これらのSOGの秘密の戦士からの支援と承認を得て、本書が出版されるに至った。これは私に、SOGの歴史的な出来事と絡み合って、公には聞いたことのない物語、写真、インタビューを共有する能力や足場を与えてくれた。
思い出や言葉は彼ら自身のものであり、ユーモラスなものもあれば、悲しいものもあり、一般的な人だと想像できない出来事を説明している。
本書の内容は:
ラオス上空9000フィートのパッカー・ファクター、MACV
SOGの外国人(ドイツ、東ドイツ、カナダ、ハンガリー、ポーランド、フィンランド、リトアニア、チェコ等からの隊員をページに一人、写真とともに紹介)、虎の物語ブッバの話、リーコン・チーム・ミネソタにとっての危機一髪、リン・ブラック・ジュニアがリーコン・チーム・アイダホをブライト・ライト任務に迎える、Raymond
Echevarria曹長への賛辞のページ、リーコン・チーム・サウス・カロライナのTom
Waskovich温度107度[注:
107Fは約41.7℃;体温107F以上に達する熱は非常に危険とされる温度
]、Lt.Fuzz
[注:Leiutenant
Fuzzで、コミックのキャラクター]、リーコン・チーム・アスプの静止線落下傘降下、フォード・ドラム作戦の項目がある。各項目ともカラー又は白黒の写真を掲載しており、文字のみの単調さがない。写真は(数えにくいが)合計約130、隊員、地図、文書(ペーパーアイテム)、パッチなど。215x280o,
ページ数記載なし(78pp),」SC,
英語 |
6,160
SOLD OUT
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D1771 |
Pucker Factor From the Veterans in
Their Own Words Volume I Issue 2 (Stories of MACV SOG),
Jason B. Collins, Independently published, USA 2022;
「退役軍人のパッカー・ファクター、自分の言葉でVol.1
Issue 2(MACV
SOGシリーズ)」.。Pucker
factorの意味についてはVol.
1 Issue 1の項を参照。シリーズのNo.2の内容は:
1968年テトの思い出、FNG
[注:
Fucking New Guyの略で兵士の間ではよく知られた軽蔑用語]、最後のポイント、戦争の何が良いのか、金星章の息子、SOGの作戦32と33、リーコン・チーム・アラバマのパッチ、名誉戦傷章より友情がいい、Chuck
Pfeiferの話、「マッドドッグ」Shivers章、「マッドドッグ」Shivers戦時行方不明者記録、ブラックダイナマイト。写真は(数えにくいが)合計約130、その中には隊員の顔写真も一定数を占めるが、集合写真、パッチ、TOP
SECRET印の押された文書ほか雑多な内容である。215x280o,
ページ数記載なし(98pp),」SC,
英語 |
6,160
SOLD OUT
|
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D1772 |
SOG A Photo History of the Secret Wars,
John L. Plaster, Casemate, USA 2022;
「SOG秘密戦争の写真史」、このタイトルで2000年にPaladin
Pressより出版されている(D382
SOG: A Photo History of the Secret Wars)が、今回分はそのupdated
edition(更新版)で、ページ数が2000年版の485ppに対し407ppである他、掲載写真も入れ替えが多いようだ。
内容は、秘密線始まる(コルビーの秘密戦争、方向転換=SOGの誕生、輝く進駐)、ホーチミン・トレイル(トレイルの謎を解き明かす)、SOGの空戦隊(SOGブラックバーズと夜空、特別ヘリと特別クルー、前線航空管制と戦闘機)、リーコンの武器・使命及び戦術(リーコンの装備と武器、リーコンの使命、北ベトナムのカウンターリーコン軍と戦術、リーコンの戦術とテクニック)リーコン作戦(チームの出し入れ、HALO::究極の浸透テクニック、リーコン倫理、カンボジアへ) 、SOGの手斧隊(手斧作戦、トールウィンド作戦)、秘密戦での他の前線(ブライトライト・レスキュー、全ての中での最大の襲撃、防衛でのSOG,、SOGの最も暗いプログラム)、の全7部に分けそれぞれの部が1〜4章に分かれ、全体では21章。
写真は2000年版ではすべて白黒だったものが、叛半では若干のカラーもあり地図も合わせて合計700以上。巻末には4ppにわたり用語集。
210x260o,
407pp, HC(DJ),
英語 |
9,320
SOLD OUT |
.
NEW 以下は 2022年08月〜2022年12月入荷分 NEW
. |
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D1773 |
Hunting the Viet Cong: The Counterinsurgency
Campaign in SouthVietnam Volume 1: The Strategic Hamlet Programme,
Darren Poole, Helion & Company, UK 2022;
「ベトコン狩り:
南ベトナムでの反乱鎮圧キャンペーン
第1巻:戦略村計画」。Asia
@ Warシリーズの一冊でNo.34。
アメリカが支援するジエム政府の反乱鎮圧政策が、ベトコンを多くの支持者から引き離し、多くの隠れさせ、政府の更なる成功のための土台を作るのにいかに効果的であったかを示している。この第
1
巻、The
Strategic Hamlet Programme
では、反乱鎮圧計画と戦略村作戦
(マラヤにおける英国の成功に基づく)
の両方を検証し、これらが反乱活動をどのように抑制し始めたかを説明。南ベトナムの多くの地域で、VC
は生き残るために地元の人々をあさり、威嚇した。
これはベトコン
に対する勝利が可能だった時期だったが、政治的無能、傲慢、軍事的妄想がこのチャンスを台無しにした。本書ではベトコン、その囚人からの聞き取り、アメリカ軍の文書を使用し、ベトコンがどれだけ打ち負かされたかを明らかにしている。
それはアメリカの計画立案者がベトコンの方法についてどれだけ知っていたかを明らかにし、反政府勢力の暴力と戦うための優れた反乱鎮圧戦略をどのように開発したかを示し…。
ベトコンを切り裂く、武装勢力が反撃、未知の要素に分けて解説。その後に結論、文献、注釈、筆者について。本書には180
点の写真と、航空機、車両など10ppのカラーイラストが含まれている。
210x295o,
86pp, SC,
英語 |
5,940 |
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D1774 |
MAC V SOG: Team History of a Clandestine Army
XII, Jason M. Hardy, Hardy Publications, USA 2022: 2018年5月に発行されたシリーズXIの次の号となるXIIである。
これまで同様、前書き(プロローグ)、MAC
V SOGコンパウンドの歴史的進化、チーム構成について触れた後、次の4つのリーコン・チームを紹介している。
第1章リーコン・チーム・カトラス(RTカトラスの創設、、少数民族隊員、第1世代インシグニア、RTカトラスの閉鎖)、
第2章スパイク・チーム・ダコタ(カムドゥック、MAC
V SOGの3度目の輝くブラス・ミッション、ラオスでの爆撃被害評価、帰省作戦、捕虜ジャケット、STダコタの週間報告、アショー峡谷での作戦、STダコタの閉鎖)、
第3章リーコン・チーム・ハワイ(CCN;
第1世代パッチ、1970年代初期の少数民族隊員、RTハワイの閉鎖)、
第4章リーコン・チーム・アイダホ(スパイク・チーム・アイダホ週間報告、STアイダホ=カムドゥック、Lee
D. Scurlock Jrの損失、ホーチミン・トレイルでのSTアイダホ、STアイダホの損失、スパイク・チーム・オレゴンのバライト・ライト・オブ・セント・アイダホ、アショー峡谷でのセンサー配置ミッション、射撃基地での訓練、マーブル・マウンテン[ダナンの五行山]でのセキュリティ詳細、ミッション前の点検、第1世代のチーム・パッチ、第2世代のチーム・パッチ、モンキー・マウンテン[ソンチャ山]での訓練ミッション、緊急行動訓練、 モンキー・マウンテンでの訓練、RTアイダホの閉鎖)、
第5章リーコン・チーム・パイソン(第1及び第2世代パッチ、Sebastian
DeLucaの回復、1971年初めの少数民族隊員、第3世代のチーム・パッチ、1971年後半の少数民族隊員、RTパイソンの閉鎖)。いずれのチームも(米国人)隊員について個人ごとに紹介しているのは従来と同じ。そして付録としてA.インシグニア、B.用語、C.目次。250部のみ固有番号と筆者のサイン。
220x285o,
391pp, HC(DJ),
英語 |
37,830 |
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D1775 |
Pucker Factor From the Veterans in Their Own Words Volume I Issue 3
(Stories of MACV SOG, From the Veterans in their own words), Jason B.
Collins, Independently published, USA 2022;
「退役軍人のパッカー・ファクター、自分の言葉でVol.1
Issue 3(MACV
SOGシリーズ)」.。
Pucker
factorの意味についてはVol.
1 Issue 1の項を参照。シリーズのNo.3の内容は:
Brian Devaney
准将、UH-1Hヘリのラスト・ミッション、マーサ・レイ[編注:マーサ・レイ
(1916-1994)
は、映画やテレビに出演のアメリカン
コミックの女優兼歌手。1969
年にそのボランティア活動と軍隊への奉仕が評価されアカデミー賞でジーン
ハーショルト人道賞を受賞]、わが友マギー、マギーがCCNを訪問、ブッダ、バウソ中尉と彼のSCU[編注:Special
Commando Unit]軍、ブライアン・デヴァニー准将、UH-1Hヘリ68-15262
の最後の任務、ケサンのラッツ、MACV
SOGのネービー・シールズ第1部、NAD
-MACV SOGの海軍師団、のように分類し写真を多数掲載して記載。写真は(一つの写真に他の写真を重ねているものも多く数えにくいが)合計約150、その中には隊員やゲストの写真、訓練風景、パッチ、若干のほか雑多な内容である。
215x280o,
ページ数記載なし(98pp),」SC,
英語 |
6,710 |
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D1776 |
Target Saigon 1973-75 Volume 3:
Disaster at Da Nang 1975, Albert Grandolini, Helion & Company, UK
2022;
「ターゲット・サイゴン1973-75
第3巻:ダナンの大惨事
1975年」、Asia
@ War SeriesのNo.32。
Volume 1
Target Saigon
1973-75 Volume 1: The Pretence of Peace, Voluem 2
Target Saigon
1973-75 Volume 2: The Fall of South Vietnam: The Beginning of the End
January 1974- March
1975 参照。本書の内容は、戦略軍事地域1、赤ベレー天使の引き抜き、戦略的機会、フエの陥落、ダナンの最悪事態、南ベトナム軍の再編成、南部進撃の7項目に分類して多数の写真と共に解説。巻末に文献、筆者について。
写真は合計約140点、他に戦車など戦闘車輛、兵士、航空機、パッチ、地図などのカラーイラストがまとめて12ppに。
210x295o,
68pp, SC,
英語 |
5,290 |
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D1777 |
Target Saigon 1973-75 Volume 4: The
Final Collapse, April – May 1975, Albert Grandolini, Helion
&Company, UK 2022; 「ターゲット・サイゴン1973-75
第4巻:最後の崩壊,
1975年4月〜5月」。Asia
@ War SeriesのNo.36で、ターゲット・サイゴン・シリーズの最終となる第4巻。
ベトナム共和国軍
を疲弊させた
2
年間の長期にわたる戦闘の後、北ベトナムは
1975
年
1
月に最後の作戦を開始することを決定した。
南ベトナム大統領、グエン・ヴァン・ティエウはその軍隊を統合するために広範囲にわたる戦略的撤退を決定し、国の北半分を敵に見捨てた。計画は惨事に変わり、1975
年
3
月までに、北ベトナムの正規軍全体、約
550,000
人の軍隊と
700
両の戦車が首都サイゴン集結し、その後の戦闘はベトナムで最も激しい戦闘となった。
この最終巻では、共産党軍が高度に機械化された作戦戦争に従事したベトナムでの紛争の最終戦を記述。数で圧倒されていたにもかかわらず、南ベトナム軍の多くは激しい抵抗を示し、前進する北部軍に多大な犠牲者を出した。目次での分類は、サイゴン周辺での予備の作戦、確固たる地位を保つメコンデルタ、沿岸の最後の飛び地、ホーチミン作戦、頻繁な風、最後の努力。巻末に文献、筆者について。
この第
4
巻には多数の地図、130
枚写真、及び作戦に参加の兵士、車両、航空機の30超のカラー
イラストが含まれている。
210x295o,
72pp, SC,
英語 |
5,940 |
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