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商品名 (説明、状態など) 価格(円)
V1365

切手 ウルグアイ 2013年 ウルグアイ=ベトナム外交関係樹立20周年記念 ヴォ・グエン・ザップ

ウルグアイで2013年に発行された切手で、ウルグアイとベトナムの外交関係樹立20周年を記念するもの。同年に死去したヴォ・グエン・ザップ大将(1911-2013)がデザインされたもの。

下部左に20 años..とスペイン語が見え、大将の持つベトナム国旗ともう一方は青の線があるのでキューバか?と思ってしまいそうだが、ウルグアイの発行である。ウルグアイもキューバも国旗に青線が入っているのでパッと見たところ間違えそう。

額面$45$はウルグアイ・ペソ。

640
V1366

切手シート ウルグアイ 2013年 ウルグアイ=ベトナム外交関係樹立20周年記念 ヴォ・グエン・ザップ 15枚取り

ウルグアイで2013年に発行された切手シートで、ウルグアイとベトナムの外交関係樹立20周年を記念するもの。5x3=15枚取り。

シートのサイズは17x16.3p。カタログ評価額はUS$88

6,900
V1367

ウルグアイ FDC ウルグアイ=ベトナム外交関係樹立20周年記念 20131210; 

ウルグアイで発行されたFDC(初日カバー)でウルグアイとベトナムの外交関係樹立20周年を記念するもの。ベトナム国章の消印は下部にベトナム社会主義共和国とベトナム語で記されている以外はスペイン語で、最下部にウルグアイ、モンテヴィデオ、20131210日とある。封筒左下の花はウルグアイの国花で日本では通常アメリカデイゴと呼ばれている。

FDCのサイズは18x12p。

980
V1368

イエメン 切手シート 1968513日パリでのベトナム和平会議 ゴールドとシルバー2種類がフォルダーに; 

イエメン・アラブ共和国で発行された切手シートで1968513日よりのパリでのアメリカと北ベトナム側の会談開始を記念したもの。共に額面15Bの無目打切手でゴールドとシルバーの2種類。

シート左側に”VIETNAM PEACE CONFERENCE, PARIS, 13 MAY 1968”の文字がある。その部分がなければ何の切手かか分からないようなもの。

 シートのサイズは9.7x6.7p。フォルダー(サイズ12x8.3p)は二つ折りで、中には半透明グラシン袋が付いており、その中に2枚のシートが入っている。経年でグラシン袋は茶色が濃くなっている。また、フォルダー表面の右上端近くが茶色っぽくなっている。

左は切手シート2種類。下の左はゴールドの一部、中央はフォルダー表紙、右端は切手シートがグラシン紙内に収められた状態。

3,330
V1369

切手 インド ベトナム・チャム族のカテ祭 アセアン=インド記念サミット 2018;インドで2018年に発行されたベトナム(チャム族の)カテ祭りの切手。これは同年1月下旬にニューデリーで開催されたアセアン=インド記念サミットのラーマヤナ・フェスティバルでアセアン各国の関連する祭りなどが紹介(映像による?)されたもの。
額面5.005ルピー。

290
V1370

切手シート インド ベトナム・チャム族のカテ祭り アセアン=インド記念サミット 20枚取り 2018; インドで2018年に発行されたベトナム(チャム族の)カテ(Kate)祭りの切手シート。これは同年1月下旬にニューデリーで開催されたアセアン=インド記念サミットのラーマヤナ・フェスティバルでアセアン各国の関連する祭りなどが紹介(映像による?)されたもの。

額面5.005ルピー。シートのサイズは19.5x26p。

1,570

以下の6点は、仏印(トンキン)在住の日本人女性への(日本人女性からの)絵葉書で、時期はいずれも1910年代から1920年代初め。

20世紀初頭の同地絵葉書には売春婦と明記したものなど日本人女性のものが少なくない。それらは1900年代から1910年代初めというものがほとんどなので、時期的にはそれより10年くらいあとのものではあるが、宛先となっているのが特定の女性であり、その女性がその後も保管していたものである。

日本人女性どおしのやり取りでもあり、全て日本の絵葉書が使われている。なお、ここでは興味の対象は絵葉書の写/絵の面よりも、通信欄なのでそちらの方の画像を優先した。

また、同じ図柄の絵葉書自体は入手可能だが、通信欄は独自であるのでいずれも一品ものであるのは言うまでもない。 

同地のハガキで日本語となると1940年代の日本兵の軍事郵便がほとんどだが、今回分はそれより約40年前の日本人女性のもの。

V1371

仏印在住日本人女性への(からの)絵葉書 1921年 ハノイからハイフォン宛: 宛先はハイフォン(海防)のマダム・チヨ、左に漢字で記されているように石野千代という女性。ハイフォンのBazar Japonais内が記されているBazar JaponaisとはV1233の写真にあるとおりで、日本の物産を販売しているところだが、そこは「売春婦」と結び付けられることも多くそれが為に単なるビルディングの写真以上の価格が付けられているのを見かける。

差出は中村サダとあり、貼られている仏印切手の消はハノイだが年月日までは読み取れない。

然し、写真(いラスト)面には「恭賀新年 大正拾年一月元日」と印刷されている。大正10年は1921年。

3,520

SOLD OUT

V1372

仏印在住日本人女性への(からの)絵葉書 1916年 ハイフォン宛 宛先はハノイのAvenue du Grand Bouddha(グラン・ブッダ通り)のMadame Tio、マダム・チヨであり、左側には「おちよ姉様」とある。発送人は中村サダ。右上仏印切手は斜線で消されているが、手書きで大正五年一月一日とある。1916年である。

絵葉書は長崎本河内水源地。

3,520
V1373

仏印在住日本人女性への(からの)絵葉書 ハイフォン宛 1910年代?; 宛先はハイフォンのBazaru JaponaisChez M.Yasuda(安田様方)とある。漢字かなでは「石野おちよ様」、差出人は「橋口せい」(最後は「れ」のようにも見えるが「い」のくずし字であろう)。

仏印切手への消印は地名も日付も読み取れない。年賀の挨拶だが、押された漢字日付印壹月貮日は12日。何年だか不明。

写真は神戸布引の滝。

3,300

SOLD OUT

V1374

仏印在住日本人女性への(からの)絵葉書 ハイフォン宛 1916; 宛先はハイフォンのStuder氏となっているが、同時に「おちよ姉様」とも。これからすると、おちよ姉さんとStuder氏は夫婦なのだろう。

宛先だがハイフォンの”Police ad et Jud”とあるのは、”Police Administrative et (Police) Judiciare”(行政警察と司法警察)。警察組織の人(Studer氏)と(元?)売春婦(??)(おちよ姉さん)の組合せということか。もっとも売春行為が不法でない場合は異常と考えることもないだろうが。

年賀状で、送り主は「まつ」さんで、大正5年とあるから1916年である。.仏印5C切手への消印はほとんど読み取れないが下にTの字、上にHAが読み取れる。おそらくTONKINHANOI(文字数とHAの文字間隔からHAI PHONGよりHANOIであろう)のようだ。

写真面は本願寺下流江津湖の中島とある。

3,520

SOLD OUT

V1375

仏印在住日本人女性への(からの)絵葉書 ナムディン発 1913; 宛先の住所は記されていないが、「いしのおちよ」様とある。更に謹賀新年と大正二年一月 (その部分文字の一部が薄く消えかかっているので間違っているかも知れない)の文字。大正2年は1913年。

発信は南定(ナムディン)の「せい」。写真は京都名物の蹴水インクライン。京都市蹴上のインクライン[船を運ぶための鉄道]は明治半ばに完成した神社仏閣以外の京都名所として知られていた。1940年代後半には運転が休止され、現在ではその名前も知る人が少ない。

2,970
V1376

仏印日本人女性への(からの)絵葉書 オキクさんからハノイ宛: 宛先はハノイの「マダム・オチヨ」。「おちよ」のスペルはOttiyoとなっている。

「良いお年を、ご健康を」という新年の挨拶が書かれたもので、そのなめらかな文字から出したのは仏人か、と思ってしまいそうだがサインは"Okikou”、すなわち"オキクとなっている。

「オキク」さんというと、V410(リンクページの一番下)の写真の女性が”Oki Kou”である。オキクという名前自体は珍しくもないようなので、同業者?であっても同一人物とは限らないが。しかしながらV410でも「オキク」は売春婦仲間の中でも代表的な存在であり、またこの葉書でも日本文字を一切使わず,堂々としたきれいな横文字のみというところが貫禄をうかがわせ、どうしても両者を結びつけてしまう...

裏面は手彩色の東京銀座の風景だが、仏印5Cの切手への消印は地名の一部が”NGSON”のように読みとれる。当てはまる地名となると"LANGSON”あたりが思いつく。

先のV410Oki Kouは(ハガキのキャプションに)QUANG-YENとある。クァンイェンはハイフォンの東北方向、ランソンはとなるとハイフォンの北方であり、クァンイェンから更に北である。距離は120q程度か?

3,850
V1377

仏印絵葉書 トンキンKédillot(庶民用パイプ)を吸う女性 90. TONKIN – Femme fumant le Kédillot (pipe commune).  似たタイトルに90A(商品番号V1221)がある。こちらの方は胸の露出がなく、長いパイプでの吸引が目立つ。

ハガキは未使用で、裏面はやや青緑がかった色で、端の方がやや変色しているものの全体には特記すべき汚れもなくきれいな状態。

1,900
V1378

フランス(?)の絵葉書 パイプを吸引後横たわる日本人女性 卓効新治療; インドシナの絵葉書として売られていたものだが、仏印ではなくフランスであろう。

裏面上部のCarte Postale à utilizer..は、「フランス・アルジェリア・チュニジア内部でのみ使用するハガキ」の意味。これも宛先はマルセイユであるが、外国からという形跡はない。

写真の方、「卓効 新治療」の卓効は薬などの優れた効きめという意味であり、「新治療」という薬?の宣伝であるかのよう。ただ、ここでは治療とはパイプでのアヘン吸引を指すのだろう。女性はただ横たわっているというだけでなく、着物の裾がはだけている。いつ頃の者か不明だが1920年頃か?

2,530
V1379

仏印絵葉書 トンキン 斬首された海賊の首級(No.2); TONKIN, 48. Tête de pirates décapités No.2). 海賊とあるが、反徒といった意味合いが強い。

ハガキは未使用で、特記すべき不具合なし。

3,190
V1380

仏印絵葉書 トンキン イェンテ 有力者に認められるため晒された海賊の首級; 3344. TONKIN – Yen The, Tête de pirate exposée pour être reconnue par les notables.

後ろに下がって見る人々も印象的だ。1900年代のものか。(通信欄に手書きの「1963」が見えるが、年代のはずはなく前販売者の整理番号であろう)

ハガキは未使用で、若干の経年古さはあるが特記すべき不具合なし。

3,300
V1381

仏印で使用 日本製絵葉書 日本人女性二人と藤の花 ドーソンから仏トゥルーズ宛 1902; インドシナの10C切手が貼られ、その横の印はTONKINHAIPHONG31 OCTが明瞭(年は読めない)。写真面にはDOSON02が明瞭(日付は31 OCTだろう)。さらに手書きでも28/10/1902が読める。現在は、ドーソンはハイフォンの中の地域の一つ。

宛先はフランスのトゥルーズ(Toulouse)。

990
V1382

仏印絵葉書 安南 ヌイバラ山 モイ族1926年=少数民族の女性たち; ANNAM – Nui-Bara.Tribu Moïs soumise en 1926 – Femmes indigènes.  ヌイ・バラ(山)は現在のビンフォック省にある。標高736mというのは南部では3番目の高さ。Tribu Moïs soumiseはモイ族の公娼という意味にもとれるようだが、上半身裸であるのは同地域の少数民族女性には多いので、それはないだろう。

この絵葉書の発行はサイゴンの有名な写真館Photo NADAL

1,980
V1283

仏印絵葉書 安南ボブラの村=モイの集団 1920年代?; 3022 ANNAM – Village de Bobla – Groups de Moïs.  ボブラ(Bobla、又はBo Bla)はダラト郊外のリェンダム地域の中の地名で、現在ではボブラの滝が有名である。同地域の民族はコホ族が多いとのこと。

絵葉書の発行はサイゴンの有名な写真館Photo NADAL。直上のものと同様1920年代のものと見られる。

1,210
V1384

仏絵葉書 ランビアン 祭りの衣装でのザライの音楽家; 32 – LANGBEAN Musiciens Djarais en tenue de tête. 地名は現在ではLangbianと綴りダラト郊外にそびえる山。ザライ族とあるので、広く中部高原を指しているのかも知れない。

写真面は若干の光沢あり、若干の経年古さはあるものの特記すべき不具合なし。

この絵葉書の発行はサイゴンの有名な写真館Photo NADAL未使用で年代が不明だが1920-30年頃のものか。

1,540
V1385

仏印絵葉書 安南 住居の前のモイ族村長; 3019 ANNAM – Un chef de village Moïs prêt sa case. 仏語だと「小屋近くのモイ族村長」あたりになるが、後ろにある「小屋」というのは彼らの住居。

この絵葉書の発行はサイゴンの有名な写真館Photo NADAL年代は1920年頃?セピア色になっている。

945
V1386

仏印絵葉書 モイ族の音楽家 1955 Musiciens Moïs (Région P.M.S.I)、すなわちPMSI (Les Populations Montagnardes du Sud-Indochinois; 南インドシナの

高原住民)地域のモイ族の音楽家(楽器を演奏する人)。カラー。

裏面は全体に通信文が記されているが、差出はサイゴン1955328日のように読める。

写真面が見えるようにアルバムに張り付けられていたのを剥がしたのか、通信面の四隅に茶色い紙が付いている。

990
V1387

仏印絵葉書 バンメトート モイ族女性; 70 – Ben Methuot (Sud Annam) Femme Moi. バンメトート(南アンナン)モイ女性。バンメトートのスペルがBen Methuotとなっている。発行はEts.Boy-Landry, Saigonとある。ボーイ・ランドリーはフランスの有名な会社で、20世紀初め、サイゴンの中心部にその会社があった。30年代には同地でラジオ局を持っていたことが知られている。また、写真面右下に"Hoa-Qui"とあるのは出版社のEditions Hoa-Qui。

ハガキは未使用だが、193040年代とみられる。通常より若干大きめのサイズで10.3x14.8p、周囲四辺はいずれも軽いギザギザである。

経年古さが少しあるものの特記すべき不具合はなし。

1,210
V1388

仏印絵葉書 コーチシナ ビエンホアのチュア・チャン代表団=ト族のハンター達; 2340. Cochinchine – Bienhoa – Délégation de Chua-Chan -Chasseurs Tho.

Chua-Chanとはチュア・チャン山で現在のドンナイ省スァンロクに属する837mの南部で2番目に高い山である。Bienhoa(ビエンホア)は同省の省都。

ハガキはサイゴンの写真館NADALのもので未使用、1910-30年代のものか。特記すべき不具合なし。

1,100
V1389

仏印絵葉書 ダラト 二人のモイ族ハンター(PMS地方); DALAT. Deux chasseurs Mois (143 – Région P.M.S.). P.M.S.pays montagnards du sudで、南部の山地住民の地域。

写真面はカラーで若干の光沢がある。ハガキは未使用だが、左上近くに手書きのサイン(?)。若干の経年古さはあるものの特記するほどの不具合はなし。

1,320
V1390

ギリシャ ホーチミン主席と南ベトナム国旗(!)70年代ゲームのトレーディング・カード; いわゆる「トレカ」でホーチミン主席と下部には南ベトナムの国旗という組み合わせのもの。

ギリシャで1970年に出されたゲームのトレカという。おそらくは戦争ゲームかと思われるが、もしかすると国旗は、本来は北の金星紅旗とすべきものを誤って南ベトナムの国旗にしたのかもしれない。

左上のΧο Τσι Μινχはギリシャ文字でのホーチミン。右上B. BIETNAMはベトナムとわかるが、ギリシャ文字ではない。

サイズは5.7x8.6p。写真面の右下隅に折れと皺あり。裏面は中央部に表面剥がれがあるが、ギリシャ語の文字が並んでいる。

3,900
 

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